人は皆、多かれ少なかれ悩みを抱えているものだ。
痩せ型の僕は、いつも服選びで悩んでいる。
いや、いたが正しい。
この業界に入り、洋服をオーダーで作ることを知ってからは、サイズのことで悩むことが無くなった。
一度、自分の身体に合ったサイズが分かると、あとは同じサイズのもので注文することが出来るのだから、毎日感じていたサイズによる小さなストレスから解放されたわけだ。
その点だけでも、洋服好きの僕の生活は一変したと言える。
話は変わって、ワークショップでの出来事。
仕立て屋では、布を裁断する時に“裁断バサミ”という布切り専用のハサミを使うのだが、この裁断バサミをどうにもぎこちなく使っているお客様がいらっしゃった。
実は、このお客様は利き腕が左で、右利き用のハサミしか用意していなかったので、慣れない右手でなんとか作業を進めていたのだそうだ。
ならば、「早く言ってよ!」である。
しかし、話を聞いていくと、「世の中のあらゆる物が右利きの人を前提に作られているから、慣れてしまい、半ばあきらめている」とのことだった。
確かに、右利きの人が普段何気なく使っている、ハサミ、包丁、グローブ、パソコンのキーボード、自動販売機、自動改札のゲートなど、ほとんどの物が右利きを前提に作られているのだと気付く。
物心つく前から、この無意識のストレスに慣れっこになってしまっていれば、毎日の小さなストレスも日常になってしまうのであろう。
意外かも知れないのだが、実は、スーツも右利き用に作られている。
上着の打合いのボタンや、スラックスのファスナーは分かり易いところだが、ペンポケットや、コインポケット(忍びポケット)、ヒップポケットなども、右利きの人が使い勝手の良いように配置されている。
さて、冒頭の写真のチェンジポケットに違和感を覚えた方はいるだろうか?
上着の腰ポケットの上部に小さなポケットが付いているのだが、これがチェンジポケットで、元は小銭入れ(チェンジ=両替)として使われていたポケットのディテールが今でもスーツスタイルの一つのデザインとして生きている。
キャッシュレスの現在では、本来の意味通りの使い方をしている人は珍しいのかも知れないが、もちろんポケットとしてもしっかりと使えるのだ。
このチェンジポケットもご多分に漏れず、右利きの方が使い勝手の良い様にと上着の下前(右側)に付くことが常とされている訳なのだが、毎日の小さなストレスから解放されて欲しく、フォーボタンズでは左利きの方には上前(左側)に付けることを提案している。
このやり方は、他の仕立て屋ではあまり見かけないのだが、左利きの方にとってはこれまで無用の長物だったチェンジポケットが、左利きの証として意味を持ち、ストーリーがあって僕自身は大変気に入っているし、仕立て屋だからこそ出来るこだわりの特権だと思っている。
もちろん、見かけ倒しのデザインだけにならない様、使い勝手に合わせて、全てのポケットの配置を変更させて頂いている。
この極あたり前の使い勝手も目から鱗と、このお仕立ては大変好評を頂いているのだ。
世界の9割の方が右利きと言われている。
右利きの僕には到底創造もつかないが、毎日が不便の連続なのだろう。
小さなストレスの蓄積から、左利きの方は短命だと言われているそうだが、それも頷ける。
この左利き用のスーツを着れば長生き出来るわけではないが、たくさんある悩みの一つでも解消出来るのならば、仕立て屋としては、やはり嬉しいではないか。
吉祥寺の仕立て屋 オーダースーツのFOUR BUTTONS(フォーボタンズ)
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