「仕立て屋用語」と言うべきだろうか。
古くから仕立て職人の間だけで使用されてきた言葉が幾つかあるのだが、その一つに「ピストル隠し」という、聞きなれない言葉が存在する。
あえて、先に答えを言ってしまうと、このピストル隠しとは、パンツの後ろのポケットのことを指す。
昔においても、実際にピストルを隠す為に使っていたわけではないだろうが、このネーミングセンスは嫌いではない。
今も、「ピスP(ピスピー)」などと略して使うことがあるが、お客様を混乱させない為にも、注文を受ける際には使わない様心掛けている。
私たち仕立て屋は、「既製品のスーツとは、万人に合う様にサイズを作っている為、裏を返せば、誰にとってもサイズが合うことはない」と考えている。
と言うことは、万人の着用シーンもそれぞれ異なるはずなのだ。
ビジネスなのか、休日のデートなのか、はたまた冠婚葬祭なのか、着る人によってサイズ同様にスーツを着る用途も違ってくるわけだ。
オーダースーツと聞くと、多くの人がサイズやデザインのことを考えてしまいがちだが、実は、もっとパーソナルな仕立てが可能なのだ。
さて、今回ご注文頂いたのは、冒頭の写真。
通常ではあり得ない、パンツの左足にポケットをお仕立てさせて頂いた。
日頃から出張の多いお客様。荷物をコンパクトに意識してはいるものの、現代社会、ビジネスシーンにおいては財布に鍵、携帯2台、名刺入れ、ハンカチは必要不可欠とのこと。
移動の際や、夏場の上着を脱いでる時に、これらの荷物をなんとか出来ないかと相談を受けた。
当初、後ろのポケットを上手く利用出来ないかと提案したのだけれど、座った際に荷物に負荷が掛かるのでNG。
思い切って、サイドにカーゴパンツの様なアウトポケットを付けてはどうかと提案してみたが、ビジネスシーンにおいては、あまりにも奇抜すぎるということで、こちらも断念。
大の大人が二人して、1本のパンツを前に頭を抱えて、あれやこれやと作戦会議をしていると、フロントにもう一つポケットと足してはみてはどうかとういうアイデアが!
いやこれはアイデアと言うよりも、発明と言って良いほど、画期的なやり方の様に思えた。
早速、お客様とズボンのポケットのどこに何を入れるかを決め、その荷物の大きさにあわせて、全てのポケットの口巾と深さを測り、ピッタリと収まるよう寸法を割り出していったわけだ。
同様に、ジャケットの内ポケットも荷物の寸法に合わせて、位置や大きさを細かく話合って、最適なポケットを作ることにした。
スーツを着たことがある方にはお分かり頂けると思うが、スーツは実に機能的だ。
ジャケットとパンツを合わせると、最低でも9個、仕立てによっては15個くらいのポケットが付いている。もちろん、全てのポケットに荷物を入れるということはないだろうが、それだけで、実に機能的な服だと分かる。
ただし、入れる物に関しては、人それぞれ全く違ってくる。
財布、携帯、名刺入れ、ハンカチ、ペン、眼鏡、小銭、タバコ・・・。これはまだ一例だが、パスポートや、ご祝儀袋を入れるシーンもあるだろう。
もちろん、利き腕が右なのか左なのかも重要なポイントだ。使い勝手が全く変わってきてしまう。
普段、決まりきった配置と大きさのポケットが当たり前と思い込み、なかなか意識したことはないかもしれないが、一人ひとり、一つ一つの荷物に合わせて仕立てることで、その収まり方は全く違ってくる。
痒い所に手が届く、正にオーダーならではのパーソナルな1着となるわけなのだ。
サイズやデザインはもちろん大事だが、オーダーメイドで仕立てるなら、こんなこだわりのあるオーダーの仕方も面白いではないだろうか。
最後に、出来上がったスーツを着てお客様の写真を撮らせて頂いた。
見て欲しい、ポケットには、ちゃんと荷物が入っているにも関わらず、スーツのシルエットが全く響いていないのがお分かり頂けるだろう。
左足にお仕立てさせて頂いたポケットも、ジャケットを羽織ればしっかりと隠れるように計算されていることも付け加えておこう。
そう、ピストルが見えては危ないからだ。
吉祥寺の仕立て屋 オーダースーツのFOUR BUTTONS(フォーボタンズ)
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