桜の咲く季節になると、新しい生活に向けての高揚感が伝播する。
3月から4月へとカレンダーをめくるだけで、こんなにも世の中が浮足だった雰囲気に包まれるから不思議だ。
今年もピカピカの一年生たちが真新しいランドセルを一生懸命担いで登校することを思うと、なんだか微笑ましくなってくる。
かつて、と言ってもそう遠くない日本では、小学生のランドセルと言えば、男の子は“黒”、女の子は“赤”と相場は決まっていたものだが、最近では、子供たちの背中は鮮やかな色で溢れている。
好きな色のランドセルを背負えることを、本当に嬉しく思う。
実は、30年以上前、それこそ黒と赤のランドセルしか選択肢が無かった頃、何を思ったのか、僕は茶色のランドセルを選んだらしい。
“らしい”、と言うのも、ジジババに連れていかれた新宿の百貨店で、当時は珍しかった茶色のランドセルを指差して、「これにする」と言ったのだそうだ。
その時は、6年間毎日背負うことになるなんて微塵も考えていなかったはずだし、6年という時の長さのことなど、到底理解していなかっただろう。
今思えば、僕の意見を尊重し、茶色のランドセルを買い与えてくれたことには大変感謝している。今の僕があるのも、そのことが大きく関係しているように思うからだ。
ただし、小学校に入り、他の子と違った色のランドセルが、色んな意味でからかわれる原因となったことは、しっかりとお伝えしておきたい。
だからこそ、好きな色のランドセル背負うことが当たり前になった今の世の中を、嬉しく思っている。
さて、ピカピカの一年生と言えば、何も子どもたちに限ったことではない。
大人の世界でも、この春から新しく会社勤めをする方がいるだろう。
真新しいランドセルならぬ、真新しいスーツに身を包み、慣れないネクタイを結び通勤する姿は、やはり微笑ましく感じる。
しかし、ランドセルとは違い、右を見ても左を見ても同じような黒いスーツ一辺倒なのだから、奇妙を通り越して異様に感じてしまうのは、僕だけではないだろう。
誤解のない様に言わせてもらうと、「黒いスーツがダメだ」と言うことではない。
今のこの世の中でさえも、黒のスーツを選ばせてしまう環境を、僕たち大人が作り上げてしまっていることに恐怖の様なものを感じてしまう。
手元にある資料「’50s&’60s Men’s Fashion Style」の本を開いてみる、仕立て屋の僕が見てもハッとしてしまう様な色とりどりのスーツスタイルが並ぶ。
ネイビー、グレー、ブルー、ブラウン、ベージュ、グリーン、パープルと、スタイル画ではあるが色の特徴を捉え、スーツに合わせているシャツとネクタイのコーディネイトは実に勉強になる。
当時の日本では、スーツ(背広と言った方がいいだろうか)は誂えるのが一般的で、多種多様な色柄のスーツを着ていたことが古い映画を見れば良く分かる。
また、今に残る国産のヴィンテージ生地を見ても分かる様に、絶妙な色使いの生地が多く、生地メーカーも勢力的に生地をデザインされていたのだろう。
卵が先かニワトリが先かは、僕には分からないが、近年の国産生地が似たようなものばかりになってしまったことに残念でならない。
意外に思われるかも知れないが、実はスーツの生地の柄というのは、大きく分けると3つしか存在しない。
無地、ストライプ、チェックだ。
しかし、ベースの色と柄の巾や間隔、大きさなどの組み合わせによって幾柄にも表現することが出来るのだ。(もちろん、素材や糸の太さ、仕上げの方法などで、より複雑に表現することが可能だ)
ことビジネススーツに関して言うと、社会性という側面が多分にあるので、自由に何でも着て良いかというと残念ながらそうはいかない。
ある程度そこには規則の様な決まりが存在するので、それに準じる必要がある。
けれど、その範囲内であっても、自分らしさを表現することは可能だ。
個人的には仕事に差し障りのない程度で、スーツスタイルを楽しんでもらいたいと思う。正しい装いのルールを知った上で、ちょっとだけ自分の色を出してみるからこそ、色気が出てくるのではないだろうか。
今は、多様な考え方や表現を受け入れてくれる、そういう世の中だと思っている。
大切なのは、その色ではない。その色を選んだ意図だと思う。
そして、その意図が健康であった時、その色に意味が生まれるのだ。
個性を認め、他者を受け入れることは、うんざりする程面倒くさく、骨が折れることだろう。
だが、決められた色のランドセルを背負うよりも、好きな色のランドセルを背負う方が、実に人間らしいではないだろうか。
十人十色、それぞれの個性があるのだから、装いも決められたものであってはならないと強く思うわけだ。
自分らしい色を素直に認め合える世の中を、僕たちは歓迎したいものだ。
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